日記(2000年5月分)

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2000年

5月31日(水) 杞憂

 昨日、Tsubame's Nestが閉鎖になって悲しいと思っていたが、その後に他の人が常連達の受け皿になる伝言板を作ってくれたので、またあの雰囲気が戻ってきてくれた。
 現在、伝言板の方も試行錯誤されているようなので、興味のある方は私のページのリンクからたどってみてください。


5月30日(火) 喪失感

 私がお世話になっているページ、「Tsubame's Nest」(管理者つばめさん)が閉鎖された。
これは、管理者の意志による閉鎖であるが、ものすごく喪失感が大きい。

 なんだか、気分が落ち込んでしまったので、日記はまた後ほど…。


5月28日() 何でもかんでもまとめてやろうとすると…。

 せっかくの日曜日。勉強に明け暮れて…はいなかった。
なんだか体が非常にだるい。どうしても気分が乗らない。
 仕方ないのでゲームだけしていた。

 このまえ手に入れたばかりの「御社掃除」。一度に落ち葉を掃くと効率よく落ち葉を集めることができる。
しかし、あまり多すぎる落ち葉を一気に掃こうとすると、自キャラの巫女さんの動きが遅くなって、敵…じゃない。参拝者にぶつかってアウトというケースが多くなる。
 何でもかんでもまとめてやろうとすれば、必ずしもいい結果がでるとは限らないということだ。
これに気がついてからは一気に全面クリアができるようになった。

 これは仕事でも言えることで、分割可能な重い荷物にも関わらず、一気に持っていった方が1回ですむとか言って無理させることは愚かなことだ。むしろ、複数回に分けて持っていった方が結局は早いし、次の日に疲れを残さないということが多い。
 自分からはこのように無理はしないようにしているが、無理をさせられるケースが非常に多い。
人のことなんて全く考えていないだろ。おまえはいまその瞬間さえ早ければそれでいいのか!?
おまえみたいなヤツに使われたくないよ。」そう大声で怒鳴りたくなることもある。
 しかし、この辺のことをちゃんと分かっている人も多いのでまだ救われているかもしれない。
 目先の作業能率を目を三角にして追求している暇があったら、運動生理学の初歩(とはいっても、「どうして重いものを持つと筋肉が疲労するのか?」「筋肉はどのように回復するのか?」「疲労を残さないためにはどうすればいいのか?」くらいはすぐに分かる)でも勉強しろと言いたい。きっと、長い目で見た作業能率は上がるし、腰痛などのけがも減るだろう。


5月27日(土)推測は当たっていたのか…。

 今日は、ほとんどの人は休み。しかし、この時期は月1回の割合で土曜日出勤しなければならない。
そして、私は今日がその当番日だった。

 もっとも、この時期はいたところでほとんど仕事がない。また「いつもの仕事」も私1人では大してできない。
と、いうわけで。かつては同じ部署だった所の手伝いをしていた。
 仕事は簡単なのだが、非常に暑くて疲れてしまった。

 で、休憩時間に一緒に仕事していた人にいくつかのことを聞いた。
…私が推測し、一部をここに書いていた「物事」は的はずれではなかったようだ。
というか、むしろかなり当たっていたようで、たった1年程度でここまで分かっていたことで少し驚いていたようだ。

 他には
 私「1年間でいろんな事やりましたね。車だけでも、この会社構内をライトバン、1.5tトラック、3.5tトラック、フォークリフト、…(昨日乗った「車」)…、…。いろいろ乗りました(笑)」
 「あなたのところって割と「何でも屋」だからねぇ」
 私「おかげでいろんな技能が身に付きました。仕事もいろんなのが入ってくるから職業病になりにくいし(笑)(座りっぱなしとか、立ちっぱなしとかのように同じ姿勢でいることが少ない。また、力仕事ばかりでないし、力をほとんど使わない仕事ばかりでもないから)…ポジティブに考えればですが(笑)」
 「なにか問題が出ると、あなた達がでるからねぇ。それだけ期待されているのでしょう」
 私「期待されている割には……扱いが(;ω;)いえなんでもありません(^^;」
 私「一般には、大卒は総合職ってことで、いろんな仕事をさせて、将来は会社の幹部に…ってのが良くあるパターンですが、そういう目的でいろんなことさせているわけではないですからね。単に多目的に使っているだけですね。なんで大卒なんて採ったんでしょう(苦笑)」

 そんな話しをしたあとで仕事に戻っていったのだった…。


5月26日(金) 仕事やっていてよかったと思う瞬間

 会社で、「よしゆき。ちょっとお客さんの所に行って作業してくれないか?」
私以外でこの作業ができる人はみんな他の仕事で手が離せない。私もこの仕事は1人でもできるようになっていた。
 「分かりました。現場はどこになりますか?」
 「これからお客さんの所に電話する。お客さんのところで詳しい場所は聞いてくれ」
 「はい。分かりました」
 この場合、お客さんからじかに聞いて現場まで案内してもらうのが一番手っ取り早くて確実だ。
電話が終わるまでの間、支度をして機械のチェックをする。…異常なし。

 「それではでは行ってきます。」
 「気をつけてな」
 工場の構内をその「車」で走る。ある時はライトバンで。またある時はトラックで。そしてまたあるときはフォークリフトで…。今回はこの「車」ときた(笑)
 以前、工場の人に「おまえ、どこの職場で何やってるんだ?」って言われたことがあるが、そう言われるのも分かるような気がする(苦笑)
 工場を抜け10数分掛けてお客さんの所に行った。その後、お客さんに現場まで案内してもらう。

 しかし、この「車」スピードが出ない。もっともこの種の「車」は最新型でも古いヤツでもスピードは出ないのだが…。
 現場で説明を受ける。やる範囲が狭いが、結構条件悪いかもしれない。が、なんとかなるだろう。
 「君は携帯もっているかね?」
 「いえ、持っていませんが」(会社に置いて来たが、ここには持ってきていないので嘘ではない)
 「む〜。何かあったらそちらの方から連絡できるのになぁ…」
 (やっぱり、一番若いのが来たせいで不安らしい)
 「大丈夫です。この作業も何度かやったことがありますから」

 お客さんは、私が作業を開始したのを見届けてから去っていった。
 1時間後。作業が半分以上片づいたころに向こうからライトバンが近づいてきた。
バンから降りてきた人は私に近づいてきた。「俺に用なんだな?」と思ったので、作業を中断してエンジンを停止した。
 その人は缶ジュースを2本持っていた。話しをしてみるとどうやらお客さんの奥さんらしい。
 缶ジュースのお礼を言って、私は作業を再開した。

 30分後。作業は完了した。こんどはその足でお客さんの所に戻って完了報告しなければならない。
 お客さんの所に行ったら、お客さんの奥さんが出迎えてくれた。
「お疲れさまでした。一服どう?」
「ありがとうございます。しかし、早く帰らないと「遅い」って言われそうなので…」
「そう…。残念ねぇ。こういった作業は頼めばすぐにしてくれるの?」
「今の時期はそれほど注文が入らないので、大丈夫ですよ。機械も2台ありますし。」

 挨拶をして、会社に戻った。戻ってからしばらくしても特に連絡がないところをみると、
問題はなかったらしい。
 作業を完了して、お客さんがよろこんでくれるのを見るとこっちもとてもうれしくなる。
これだけがせめてもの支えなのかもしれない。給料明細を見るときよりもうれしいのだから。
給料がないと生活できないが、それだけでは満たされない。それを改めて実感した1日だった。


5月25日(木) 「御社掃除」(みやそうじ)

 「御社掃除」。某チャット(笑)でこのゲームの存在をしり、このゲームを製作している同人サークル「Studio Seldom」のページから通販の案内を見て注文したのだった。
 初めはメールを出して、送金方法と送金先の書かれた返答を待つ。結構時間がかかった。
返事のメールが来たら、郵便為替を買って指定された送金先に封筒で送る。
 このゲームも結構前のゲームだったせいなのか、はたまた通販の件数が最近少ないのか、全体的な反応が遅かった。まぁ、これはしょうがないことなのかもしれない。

 で、今日ようやく手元に届いた。マニュアルは白黒コピーだったのでちょっとがっかり…。
しかしながら、中身はしっかりしていた。さすがに話題になるだけある。
 ようはパズルゲームで、自キャラの巫女さんを操作して境内などに落ちている落ち葉を一カ所に集めればクリア…というゲームなのだが、参拝者やら通りすがりの人なんかを避けて時間内に集めなければならない。その「敵」の動きを読みつつ動かなければいけないので結構難しい。
 しかし、これはハマる(笑) …が、あんまり時間がないので続きは休日にでもすることにする。


5月21日() お礼参り・新たな誓い

 4月30日に神社で「資格取得のために努力するから、どうか合格させて欲しい」と願った。
そして先週試験に合格することができた。
と、いうわけでその神社にお礼参りに行った。さらに、「合格守」を買ってきた。そしておみくじも引いた。
こんどは機械が詰まることがなかった(笑)
おみくじの裏にはこんなことが書いてあった。
 「人間が力の限りを尽くしてなお力の及ばなぬ場合、神の力に御たよりするは、止むにやまれぬ自然の心情(こころ)である。」…と。
 さすが分かってらっしゃる(爆)
 バイクで行ったので、着ている防寒具は排ガスまみれ、本人は煩悩まみれ(自爆)そんな私の願いをかなえてくれた。合格したのは努力の結果かもしれないが、自分ではどうしようもない要因がその努力を水の泡にすることがある。(急病・事故、急な仕事など(汗))
 「努力しないで神頼み」はだめだけど、「努力した上での神頼み」なら許されると思う。
 そして、また1ヶ月後に試験があるので、また誓いを立ててきた。

 ちなみに今回はショートヘアーでした(〃ω〃) <って何がだ(爆)


5月20日() 知識とモノの見え方

 たまに行くスーパーの駐車場の片隅に「火気厳禁」の看板が…。
そのそばには「地下タンク貯蔵所」の看板も。
 2ヶ月前ならそれ以上なにか書かれていてもきっと何も分からなかったはず。
しかし、今は違う。
 「第四類第三石油類」これも意味が分かる。
 「A重油 5000L」…倍数は2.5倍だな…。なんてことも分かる。
ちなみに倍数とは、危険物の種別によって定められているもので、非水溶性の第三石油類なら2000Lなどと決まっていて、これ以上のものを貯蔵・取り扱いしようとする場合、消防法の適用の対象になり、その類の危険物取扱者でないと扱えない。その2.5倍の容量があるので、倍数が2.5倍なのである。
ちなみに倍数以下なら市町村条例の規制を受ける。倍数の5分の1以下なら規制はない。
 「A重油」というのは重油の種別の一部で、B重油もC重油もある。C重油の方が比重が重くて水に沈みやすい。だから、これを積んでいるタンカーが座礁して漏れたりなんかすると大騒ぎになる。

 下を見ると、マンホールと、小さな四つのふたが…。注油口と漏洩検査管か。
この検査管は最低四つないといけない。
 上を見ると、通気管があった。地上四m以上のところで雨が入らないように管が曲がっている。

 こんなことが「危険物取扱者」の免許取得のための勉強で見えてくるようになった。
知識がなかったら、こんなこと分からなかった。
 運転免許を取得する前と自動車学校の学科を受けた後ではきっと道路の見方が変わってくると思う。それも同じことである。知識を得ることでモノの見え方がかわってくるのだ。

 正直な話し、ちゃんとした知識があったら失敗しなかったのになぁ…と思うことがたくさんある。
遠回りしてしまったなぁとも思う。
 だからといって手遅れだと思ってはいけない。今度はちゃんとした知識をもって見る目を養ったのだから、それを元に軌道修正すればいいだけのこと。時間はかかるけど…(謎)


5月19日(金) 改善提案発表会にて…。

 今日、全社的な「改善提案発表会」というのがあった。
これは、これまでの作業を改善し、それによって短縮した時間によっていくらの人的なコスト削減に繋がったかを発表するというものだ。優秀なチームには賞と金一封が贈られる。
 人的なコストは1ヶ月の平均賃金から、1秒あたりのコストを計算しそれを短縮時間に乗じて算出する。

 作業姿勢を改善し疲労を軽減したとか、重量物を人力で動かす作業を減らして安全性を向上させたとか、廃材を利用してリサイクルを推進したとかいうのは評価の対象にならない。

 各職場(チーム)もこのことを知っており、「上」の要求する形で発表をする。たとえば、「重いものを交換するときの問題」の場合は「このような道具を自作して作業時間を短縮してコストを削減した」という発表になってしまう。そして、実際はその自作道具のほうがその削減分のコストを上回ってしまう。
 本当に重要なのは、「安全性が向上した」ということだと思う。しかし、このことは「上」が考慮に入れないので、発表者もあまり触れない。もし、コストよりも安全性を重視した発表をすれば、評価されるどころか怒られるだろう。
 私は思う。安全性を向上し労災を減らすことができれば、労働基準監督署が「労災ゼロ○年のいい会社だ」と評価するだろう。すると、より良い人材が集まってくるだろう。会社はそのなかからさらによりよい人材を選ぶことができる。そうすれば全てがいい方向に向かうだろう。
 社会人2年目の私ですら、ここまで考えられるのに、どうしてそんなこと考えられないのだろうか?
(実は去年の発表会にも同様の疑問を抱いており、多分学生時代でも同じことを思っただろう)

 表彰では上位の賞を受賞したチームはいなかった。「賞と一緒に贈られる「金一封」がコスト削減金額を上回って赤字になるから」というのがその理由である(核爆)

 ……。これ以上は書きたくなくなった…。


5月17日(水) 資格取得計画再立案

 この前「危険物取扱者乙種第四類」の試験に合格したことにより、4月から計画していた「資格取得計画」を更新することにした。これにさえ合格すれば、その後に他の類を取得することも比較的容易になる。だいたい秋頃に第四類以外の試験が集中しているので、その際に一気に取ろうと思う。「1年以内で全類制覇」ということも可能かもしれない。
 それに、この前の技能士といい今回の乙四といい合格できれば自分自身の自信に繋がる。こうした自信をつけるためにも努力は必要だし、適切な計画も必要なのだ。

5月16日(火) 情報の不徹底

 ウチと取引のある会社の「上層部」の人がとある「権威ある賞」の受賞をしたという。これだけの賞なら取引先としては、真っ先にお祝いの言葉くらいは言わないといけない。
 しかし、ウチの会社の誰も気がつかなかったという。それでウチの「上層部」が情報が不徹底だと怒っていた。各人が日頃から情報を集めておけと。
 私が思うにこうしたことは会社レベルでで情報を集めておくべきではないのか?そして、会社レベルで集めた情報を必要な人間に必要な形で提供する。提供された者はその情報をもとに仕事をする。仕事の結果得られた情報は上に上げる。そうあるべきではないのか?
 こうしたことを抜きにして、「ウチは情報収集能力が貧弱だ」といって嘆くのはなんだかなぁと思う。
こんなことをなにげに聞いている、下っ端の者(私)が実は情報収集・処理能力がすぐれているというのは、きっと想像も付かないだろう。私がネット接続環境を持っているということを知っている人が数人いるが、せいぜい「大人向きページ(爆)」を見ているとしか思っていないのだろう。
 実際は資格試験に関する情報の大半はネットから収集した。私と同じ年に情報系に就職した人が、どのような待遇を受けているかも。
 …。そしてこの日記の存在は誰も知らない(笑)その証拠にこの日記は消滅していない。(爆)
 この日記は実はこうしたことをふまえて書いているのだ。なにもヤケになって後先考えずに暴露しているわけではない。

5月15日(月) 指揮・命令系統の問題

 試験には受かったものの、このことを話したのは、いろんな資格の取得を勧めてくれた人と、私の先輩だけだった。あまり言い過ぎると、あっというまに上に伝わってしまう可能性がある。
 多くの人に伝わったとしても、それを正当に評価できる人はあまりいないと思う。(きっと、乙種第四類よりも乙種第一類の方が上だとかっていう勘違いする人も多いような気がする。両者は対等なのだ)

 さて、自分の部署で仕事していて、例えば自分の部署の人の指示で部品を運んでいると、他の部署の人から別の用事を言いつけられることがある。部署としては対等であるのだが、指揮系統がちがうのだ…本来は。そうすると、その仕事のために部品を届けられずに、その部品の到着を待っている人はよけいに待つ羽目になる。しかも、そうしたことが当たり前のように行われている。「協力」ではなく、事実上の「命令」なのだ。なぜなら断れば怒られるから。しかも、全ての事の優先度が「最優先」…。これは優先度を考えていないのと等しい。
 私だって、手が空いているときの「協力」ならする。しかし、本来の仕事に差し支えるのならやばいのではないのだろうか?
 こういった指揮命令系統の問題は例を挙げればきりがない。そして、社会人1年目からそうした命令にならされると、状況が変わった際に支障が出るおそれがある。

 さて、今日も別な部署の人から「これ拭いて、注油しておいてくれ」といわれた。私は「分かりました」というしかなかった。で、少したったあとで、ウチの部署の人が「よしゆきくん。これは?」と言われ、事情を説明したところ、「勝手に命令しやがって。受ける方も受ける方だ…。これはやる必要はないよ。今度言っておかないと…。」と言われた。
 さて、困った。これをやらないと、この案件を頼んだ人になに言われるか分かったものではない。
かといって、やるとまた面倒である。
 今後は、そうした「勝手な命令」が少なくなるかもしれないが、いまはこれを何とかしなければならない。
この案件を頼んだ人は出張に行ってしまい、明日の夕方まで帰ってこない。このウチの部署の人は明日医者で休む。それなら、この仕事は明日やればいい。そうすれば問題は起きない。
 (実際に明日やったが、実際その方が効率がよかった。各人の勝手な「最優先」指示よりも自分で判断した優先順位が正しかったのだ。せめてこれからは優先順位だけでもちゃんと決められればと思う)

 


5月14日() 試験当日

 朝5時に起きて、5時半に出発。6時20分頃の新幹線に乗り、8時に上野駅着。9時に消防試験センター(渋谷区幡ヶ谷(はたがや))に到着…という朝からなかなかきついスケジュールだった。
 特に京王新線なんて乗るの初めてだったから、新宿駅での乗り換えに迷ったりしてかなり走る羽目になった。
 汗だくになって試験会場に到着。集合時間の9時には少し遅れたが、試験には何の影響もなかった。
周囲を見渡すと、参考書をぼろぼろにして、ペンでマークしまくっているような人がたくさんいた。
私の参考書なんてきれいなものだった。しかも使ったのは、基礎的な問題しかのっていないような、文字通り「教科書」
 合格率は乙種4類の場合はたいてい50%以下。この中の半分は落ちるということになる。
 9時半試験開始。この試験は「危険物に関する法令」「基礎物理学及び基礎科学」「危険物の性質並びに火災防止及び消火方法」の3つに大きく分かれている。そのうち一つでも正答率が60%切ると不合格である。
 だが、やってみると妙に簡単な気がする。難易度が「基礎的な問題」とたいして変わらない。
試験終了は11時半だが、それ以前に退室が認められていたので、10時半頃に退室した。
 発表は12時15分頃。それまでの間ひたすら暇だったが、寝不足だったので、ずっとぼーっとして時間をつぶした。
 結果は「合格」だった。意外とあっけなかった。
合格率は60%と、いつもよりもかなり高かったらしい。
 本当に問題が簡単だったのかもしれない。それにしても良かった。
 合格発表直後に、早速免状の交付手続きを取る。東京都の収入証紙2800円分を交付書に張り付けて提出する。さらに、郵送手続きも取る。これで免許が6月1日に発行されて数日後に手元に免状が届くことになる。


 東京で、試験の他にまだすることがある。Cレヴォ(コミックレヴォリューション)に行くことである。
実はここにネットで知り合った人が2人いる。彼らに会いに行き、さらに彼らが出品しているものを何か買いに行くのだ。
 彼らには前日に「(試験の)合格通知書か不合格通知書をもってそちらに行きます(笑)」と言ってあったのだ。
 京王新線から山手線に乗り換えて池袋駅に降りる。この時点で14時。そういえば、夏コミの時はこの時間にはすでに彼らは撤収していた。会場に行ったものの、スペースにあったのは「完売しました」のPOPのみ…なんてことがありそうである。
 池袋駅から会場のサンシャイン文化会館まで迷ってしまったせいで30分以上かかってしまった。
さらに、その知り合いのスペースにたどり着くのに30分。かなり汗だくになりつつも、なんとか彼らに会うことができた。
 そのサークルは例によって「袴っ娘推進委員会」(爆)そこには当然の事ながら¢お小夜さんがいた。
 時間が時間なだけに下手すればスペースに「完売しました」のPOPだけしかなかった…という状況が予想されたが、意外にも苦戦しているようす。なんでも、コミケと客層がだいぶ違うらしい。
 おかげで、絶対に入手不可だと思っていた「早苗ちゃんぷちマウスパッド」を入手できたのだった。
 スペースの後ろにはももっちさんもいた。このももっちさんは実は私が「紅茶水楼館」という紅茶のページのメモリアルカウントを踏んだ際に知り合った人である。このメモリアルカウントのプレゼントで紅茶を頂いたが、とても暖かい贈り物だった。(丁度あの時期は心も体も寒い状況だったんでなおさら助かった)
 サークルのスペースを空けるわけには行かないし、かといってスペース前で長話するわけにもいかないので、もももっちさんとすいているところで話すことにした。
 ももっちさんはポスターなんかを入れるための筒を持っていた。中身はポスターだった(笑)
実は前日のICQで、「持っていけたらね」と言っていた、某鉄道会社の巫女さんポスターだった。
以前画鋲でとめていたから跡が残っているけど…。とのことだが、それは全く問題ない。
 実はこのポスター、新品がYahoo!オークションで2万5千円で落札されたこともある代物である。
 他にも積もる話しがあったので、かなり長い間話し続けていた。…が、スペースに¢お小夜さん1人だけってのはまずい。ということでももっちさんはスペースに戻っていった。
 私はせっかくだからほかのサークルものぞいてみて、Kanon本(全年齢版(爆))を2冊買ってきた。

 あまり長居すると、帰りが遅くなるので4時頃に会場を出ることにした。
結局家に帰ったのは8時頃だった。明日から仕事なのでこの1週間はかなりきつくなるだろう。
それでも、試験に受かり、¢お小夜さん達にも会えてマウスパッドやポスターなどを入手できたりしたので、非常に有意義な1日だった。


5月13日() 最後の追い込み

 「危険物取扱者乙種第4類」の試験が明日にある。
4月中は夜中に勉強していたが、5月に入ってからは、GW中はKanonやりまくって、今週は仕事で疲れてまともに勉強できなかった。2週間もブランクを開けてしまったのはさすがにヤバすぎる。
 だからこの日は一生懸命勉強した。資格を取りたいのはもちろんだが、「学校の勉強なんて何の役にも立たない」などと言っている連中に対して「それは違う」ということを示したかった。(もっとも、そうした連中は、資格取得できたとしても正当な評価をできないと思う。せいぜい「そんな暇があったら、「効率のいい仕事」の方法を考えろ」って言う程度だろう。そういう考え方から脱却できない限り、「効率のいい仕事」なんてできないような気がする(笑)というわけで、資格取っても黙っておくが(^^;)
そういうことを示した事実は自分の心の中にしまっておこう。今はそれでいい。

 それに、GWの始まりに神社で「資格取得をがんばる」っていう誓いを立てた。
合格してお礼参り行こう。あのときの巫女さんも可愛かったし。(ぉぃ
そういうことを考えた事実は自分の心の中にしまっておこう。今はそれでいい。<ってばればれやん(自爆)

 そして、合格できれば仕事で忙しいときでさえもこつこつとやっていけば大丈夫なんだって思うことができる。
自分自身に自信を持つことができる。

 次の日は朝5時起きなのだが、3時まで勉強してしまった…(汗)

それでも間に合わなかった…どうしよう。うぐぅ〜。


5月11日(木) 人を使うときは余裕を持って…。

 今日はこの仕事の総仕上げ。他の人が忙しかったので、私と1つ年上の人と一緒に作業をした。
この人はむやみにせかしたり無茶させたりしないので、こちらとしても非常に助かった。

 休みも多めにとって、いろいろ話した。GWの話し、どういう経緯でこの会社に来たのかという話しなど…。
「ご愁傷様」
…お互いに自然とこんな言葉が出てきた。

 「ホームページを見たんだ。どこがグローバルやん!(笑)」
 私「きっとグローバルの意味分からないんでしょう(笑)」
 「まぁ、海外との取引があることはあるから、嘘ではないな。限りなく嘘に近い真実ってやつだな」
 私「それなら、海外からメールが来たことある私のページもグローバルですよ(笑)すくなくともあのページよりは人の役に立っていると思います。別に嘘ついていないですし(笑)」
 「あのページやめるって話し聞いたぞ。なんでもページ出しているだけでかなり金がかかるとか…」
 私「そのページがあるプロバイダーに一定のお金を払っているだけなら、それほど維持費がかかるわけではないですよ。1年くらいほったらかしにされているようなので、通信費もかからないですし。個人で余裕で負担できる額です。私個人でも維持できるくらいです。でも、なくなってくれた方がいいかもしれませんね(笑)」
 「確かに(笑)」

 結局楽しく仕事ができたおかげで、疲労も少なく、かなり休んだわりには早く仕事を終わらせることができた。
人を「馬鹿」呼ばわりする人間がいないってのはなんて楽なんだろうか(爆)

 この後、会社が終わってから上司から夕食をおごってもらった。


5月10日(水) 度重なる疲労

 連続できつい仕事なので、体のあちこち痛くなってきた。力もろくに入らなくなってきた。
家に帰ればすぐに寝てしまって、試験勉強どころではない。果たして大丈夫なのだろうか?


5月9日(火) i-mode専用ページ

 私がよく行くページが実験的にi-mode専用ページを始めた。
このページはCGがメインのページなので、i-modeでもきれいにというのはかなり難しそうである。

 一方私のページはほとんどテキストばかりである。そういえば、「教習記」の感想をメールで頂いた際に、「教習記をプリントアウトして教習所に持っていった」という話が多数あった。
 私のページがi-modeに対応していたら、便利になるのだろうか?それともあまりにも単純なページなだけに、i-modeが出る前から、結果的にi-mode対応していたのだろうか?(笑)


5月8日(月) i-modeとの格闘

 昨日父親が、i-mode機能搭載の携帯電話を買ってきた。
この機能で電子メールを送ろうとしたが、それ以前の問題として、操作が分からない。
私が基本操作を教えて見たものの、今度はひらがなの入力方法が分からない。
なんとかそれができたら、今度は日本語変換(漢字変換)がうまくいかない。
この日本語変換が結構くせ者で、最近のIMEのようにうまく変換されない。文節がうまく解釈されなかったり、人名などがうまく出てこなかったりする。
 このへんは、IMEの使用経験がないと難しいのかもしれない。
 例えば「真琴」と打ちたいのに出てこない場合。この場合は「しん」と打って「真」と変換し、次に「こと」と打って「琴」と変換すればいい。(通常のIMEならこの後で「単語登録」する)
 この辺は予備知識のない人には説明しづらい。

 おかげで、会社から帰ってから十分に休むことができなかった。
明日からはもっときつい仕事になる。「春で最もきつい1週間」が始まる。


5月7日() 夢の終わり

 今日はGW最終日。もうこんなに連続で休める日は当分ない。
そこで、Kanonを全員クリアすることにした。時間に追われながらやっていたのでは、せっかくのゲームが楽しめない。これだけいいゲームなら、じっくりかみしめながら楽しみたい。
 早朝に「」(しおり)を、夕方に「あゆ」をクリアした。
これで全員クリア。やっぱり最後まで泣けた。
 このゲームをやって本当によかった。貴重なGWをほとんど費やしたが、それだけの価値はあったと思う。
ゲームの世界は自分の生きている「現実の世界」とは関わりのない世界である。
そんな中に感情移入し、共感し、泣ける自分がまだいたという「現実」になんだか自分自身が救われたような気がする。
 そういった余裕はどんなときでも持っていたい。


5月5日()喜多方・会津ツーリング

 今日こそ晴天だった。8:30に家を出発。
R49号線をひた走り、津川町→鳥井峠(新潟・福島県境)を越え、喜多方に着いたのは出発から2時間後だった。
 喜多方と言えば、喜多方ラーメンである。ツーリングの目的は喜多方へ行って喜多方ラーメンを食べること…。
いや、本当のこといえば、理由なんてどうでもいい。ツーリングはある地点からもう一つ別の地点までの「移動」ではない。「走ること」そのものを楽しむ。それだけでいいと思う。
 そうやって一時的に日常生活から離れて、帰ってきてからまた日常に戻る。こうして心の洗濯をする。そういうものだと思う。

 で、話しを戻して、喜多方市では、喜多方駅すぐそばの食堂でラーメンを食べた。喜多方ラーメンだからといって特別な味はしなかったものの、こうして食べるものは最高である。
 本当は、これで終わりにしようと思ったのだが、せっかくだから会津の方まで足を延ばすことにした。一人でツーリングする分には、こうしたことができるのがいい。こうしたことを自分で判断し実行できる。

 喜多方市内からR121号線で会津に向かう。途中白虎隊ゆかりの地、飯盛山があったが、ひどく混んでいたのでパスする。小学校の時に1泊2日の修学旅行でこの辺に来たことがある。外の雰囲気はなにも変わっていなかった。あのときは、ほかに鶴ヶ城やら猪苗代湖やら桧原湖に行った。

 鶴ヶ城は、飯盛山ほど混んでいなかった。バイクが何台も停まっているところにバイクを停車させる。
回りを見ると、ナナハンやら1000やら1200やらがゴロゴロしている。1500ccまであった。
また、Z1000とかいわゆるバイク雑誌で「伝説の名車」と呼ばれているようなバイクをかなり見かけた。
こうした中に、バイクを止めると自分だけ場違いな感じがした。私のCBR250Rなんてまるで原付のようだった。
それでも、気後れすることがなかったのは、ポケットの中の大型二輪免許のおかげかもしれない。
「実は自分もそういったバイクに乗れる」今はその事実だけでいい。

 鶴ヶ城の中は、八重桜が散りはじめていてとてもきれいだった。この中の情景も見覚えがある。遠い昔のことを何気なく覚えている。そういう感じだった。

 13時半くらいになったので、そろそろ帰ることにした。せっかく鶴ヶ城に行ったのに飯盛山に行かなかったのは変な感じだが、べつにそれでもいい。せっかくだからあっちもこっちも…。と余裕のないことばかりすると、ツーリングそのものが苦痛になる。それでは何のためのツーリングか分からなくなる。

 それに、ツーリングは、出発点と目的地の「点」でとらえるとつまらなくなる。ツーリングの楽しみは、出発地から目的地までの「線」で連続的にあるのではないか?観光地でもなんでもない、何気ない情景がとてもきれいだったりする。心に余裕をもってそういうものに目を向けた方がずっと楽しい。「線」で続いているものを写真撮影するのはタイミングが難しい。だが、心にとどめておくことができる。

 帰りの「道の駅」でハーレーの集団に会った。誘導員が、「同じ」バイクだからということだろうか、私をそのハーレーの集団が駐車しているところに誘導した。これらに威厳がありすぎておもわずびびってしまう。
 周囲の注目も集めまくっていた。子供達も大人達もそのバイクを見ていた。バイクに対ししばしば向けられる「軽蔑のまなざし」そんなものはなかった。あったのは、羨望と驚きのまなざしだけだった。
 これらのハーレーのライダー達は休憩を取っているようでそばにいなかったが、誰がこれらハーレーの持ち主ライダーかはすぐに分かった。履いているブーツなどで見当が付く。一見ただのおじさん集団だった。
 しかし、彼らが休憩を終えてバイクの方に動き始めたときに急に雰囲気が変わった。
「これが「威厳」ってヤツなんだな…」と発進の様子を見ながら思っていた。
 私も免許上ではハーレーに乗ることができる。しかし、こんなにかっこよく乗れないだろうなぁ…とも。
 彼らは自ら誇らない。威厳を振り回すことはしない。「言葉で語らない。背中で語る」という意味が何となく分かったような気がする。いつも権力を振りかざすして迷惑をかけまくるようなヤツの何とセコいことか(笑)末端の問題で目を三角にしていることがいかに馬鹿馬鹿しいことか。
 なんだか、彼らを見ているだけでこのツーリングやっていてよかったと思ってしまう。

 帰りは16時半だった。腰やら両脚の関節が痛くてたまらなかった。明日は仕事だ。また日常に戻らなければ。

 あ、今度ツーリングレポート書かないと(・ω・)


5月4日() お流れになったツーリング

 朝起きてみたら、雨だった。通常ならどうと言うことない雨だが、ツーリングで走るR49号線は峠道が多いので、雨の日に走るのはつまらないし、危険だから明日にすることにした。
 天気予報では明日は晴れるそうだ。事故ったり風邪ひいたりしてもしょうがない。楽しむためのツーリングだ。

 昼過ぎに晴れてきたのが結構悔しかった…(;ω;)


5月3日() 泣けた一日

 今日はKanonに集中しようと思った。もっとも、集中するまでもなくその世界に引き込まれたのだが。
佐祐理真琴名雪の順にクリア。(分からない人ごめんなさい)(ぉぃ
あとは、栞とあゆの2人…のはず。
それにしても、このゲームはシナリオといい、個性的なキャラといい、音楽といい、世界に引き込む要素がうまくできている。また、18禁版と比較したわけではないが、やはりそうしたシーンがない方がいいような気がする。
 どのシナリオもすごく泣けた。こうした物語には何か心の琴線に触れるものがあるのだろうか?
もしかして、私の幼少時代に素敵な人との出会いがあったのでは?なんて思ってしまう。
こう思わせるのも感情移入する(させる)条件の一つなんだろう。
 このゲームに関して思うことはたくさんあるが、ネタバレになるのでこれ以上は言わない。
だが、Kanonの全年齢版はおすすめである。とだけは言っておきたい(^^;


 明日ツーリングする予定なので、その準備をしておいた。晴れてくれればいいのだが…。

5月2日() ただひたすら眠い一日

 この日はほとんど寝て過ごしたような気がする。しかし、ゆっくり休むのも貴重な事だろう。
常になにかして(させて)いないと損しているような気がする人がいる。この手のタイプの人間のことは、1年以上日記に書き続けていた。実は(笑)
 しかし、何かして(させて)いても、そのことが実りのないことであればやらない方がいい。体裁取り繕うだけなら別だが(笑)机に向かっていて教科書を開いて見ているだけというのと同じである。勉強しているように見えるが実はなにもやっていない。それと同じ事だ。

 せっかく買ったKanonだが、今日はほとんど進まなかった。その代わりにPower Dolls(PC98DOS版)をようやくクリアした。思えば、この体験版を手に入れて5インチフロッピーを入れたり出したりしていたのが1994年のことだった。製品版を手に入れたいと思いつつも手に入れ損ねて、中古を探して数年。秋葉原ですら中古が見つからなくて、あきらめかけていた頃に去年の秋に新潟で手に入れて数ヶ月。思えば長くかかったものだと思う。


5月1日() 一年ぶりに会った友人

 今日、大学卒業して以来会っていない友人から電話があった。
一緒に映画にいこうとのこと。私も積もる話しがあるので了承した。

 待ち合わせ場所に少し遅れて到着したら、見違えた姿になった友人が私の方に来た。
昔と違ってものすごく痩せていたので、気がつかなかったのだ。
 その友人は私と一緒に卒業して別々の会社で社会人になったわけだが、心労はかなりのものだったようだ。
彼を知っている人が彼を見たら誰もが驚くだろうし、苦労したことが伺えるだろう。
 私ももともと痩せているのにさらに3kgほど痩せたが、外見的にはほとんど変わっていないようだ。
彼はどうしているか知らないが、私は不平不満や疲労によるストレスは、ネット仲間と交流する事などで解消できていたらしい。適切な相手とのコミュニケーションは孤独感などから自分を解放する事が出来る。「こんな人になりたい」と思える人との出会いがあれば、そのために努力するという目的が出来る。相手をねたむのは意味がないことだ。そんな暇があったら何らかの努力した方がいい。

 友人とは「アナザー・ヘブン」という映画を見た。私はこの映画のことを聞いたことないし内容も知らなかったが、
ホラーのような内容らしい。しかも描写に一部刺激が強い部分があるのでR15指定(15歳未満の鑑賞禁止)になっているそうだ。
 私が待ち合わせに遅れたせいで映画見ながら食べるものを買うことが出来なかったが、今思えばその方がよかった。前半はひたすら気持ち悪かった。これ以上はネタバレになるからあまり書けないが、もし怖いのが苦手で前半で逃げたら単に「気持ち悪い映画」で終わっていただろう。ちゃんと最後まで見れば決してそんな映画でないということが分かるだろう。

 その後は近くのレストランで一緒に夕食を取った。お互いの近況(彼はこの日記を見ているのである程度のことはすでに知っていたが)、今後どうするか?そんなことをずっと話し続けた。また、彼からあることをお願いされた。彼の知る限りでは私にしか出来ないことらしい。
 私はそれを引き受けることにした。

 最後に彼の軽自動車を運転させてもらった。軽自動車は久しぶりなので、ペダルの感覚が狭く、ブレーキペダルのあるあたりにアクセルペダルがあったので非常に焦った。
 が、一旦覚えてしまえば問題ないことだ。今覚えておかないと「彼の願い」を引き受けることが出来ない。
 しかし、慣れていないというのはなかなかきついものだ。原付から車にいって、もう戻ってこない人にとっては、バイクの運転の方が遙かに難しい。しかし、私にとってはマニュアルの軽自動車の運転の方が遙かに難しかった。