学科教習

4月5日〜7日
 
 何も免許を持っていない、あるいは原付免許のみを持っている人は23時間の学科教習を受けなければならない。(現在は、普通免許の学科と自動二輪免許の学科と一緒になっているので33時間受けなければならない。その代わり、普通免許を取る前に自動二輪免許を取った人は、普通免許を取る際にかなりの学科が免除されるようになった)
 (注:これも1998年9月の改正でさらに変更されたようである。)
 

普通免許を持っている人は学科が8時間になる。しかも普通免許を取得してから1年未満の人は学科がさらに免除されて4時間になる。この4時間の学科が私が受けた教習番号16から19の学科である。
 

教習の内容は

教習番号16
危険予測と安全運転
教習番号17
危険箇所の模擬走行体験(その1)
教習番号18
危険個所の模擬走行体験(その2)
教習番号19
二輪車事故のおそろしさと悲惨さなど
である。

教習番号16は4輪とほとんど同じで、認知・判断・操作とか死角などに関する知識を学習する。

教習番号17と18では、ビデオを見て「この状況ではどう走るべきか」といったことを学習する。

教習番号19でもビデオを見る。このビデオには、事故を起こすとどういうことになるのか?被害者や加害者の悲劇、加害者になった者が受ける刑罰や社会的制裁。そういった恐ろしい現実が描かれている。

そのビデオを見終わった後に、指導員が教習生にOHPを見せた。二輪車に追突されたトラック後部の写真だった。その後部は真ん中に何かがぶつかってへこんでおり、その両側にはくっきりと手形が残っていた。指導員がこの事故の状況を説明した。

「バイパス(法定速度60km/h)を80km/hで走っていたバイクが、40km/hで合流してきたトラックに追突した。追突する寸前にバイクに乗っていた人が急ブレーキを掛ければまだ良かった。しかしこの人がとっさにグリップから両手を放してトラック後部に両手をついてしまった。そしてそのまま頭もぶつけてしまった。この事故の結果、ライダーは即死。首と両腕の骨を骨折し、両腕が肩から脱臼していた。解剖の結果、頭蓋骨は骨折していなかった(このライダーはヘルメットをかぶっていた)が、脳細胞がめちゃくちゃになっていたことが分かった。」

その恐ろしい事故の話は教習生達を震え上がらせたであろう。

指導員がある教習生に質問した。「この事故の原因は何ですか?」

その教習生は「このライダーのスピード違反です。」と答えた。私は、そりゃそうだと思った。この時は・・・。
 

しかし、今考えてみるとそれが事故の本質的な原因だとは思えない。

なぜか?
 

バイクが80km/hでトラックが40km/hで同じ方向に走っているのなら、相対速度は40km/hである。バイクが60km/hでトラックが20km/hでも相対速度は同じである。ということはバイクがスピード違反していなくてもトラックが20km/hでバイパスに進入してきて、ライダーが同じことをしたら、やはり即死するだろう。地面にたたきつけられたのが直接の死因ならスピード違反のせいだと言われて当然だが、この事故における死因は40km/hでトラック後部に頭部を強打したことである。
 

だから、スピード違反がこの事故の直接の原因とは言えないのではないのか。
 

ところで、私たちは歩いていて転びそうになる、あるいは走っていて何かにぶつかりそうになると自然に手をつく。この行動は意識しなくてもできる。これを条件反射という。このライダーは、この条件反射によってトラック後部に手をついた。だから助からなかった。このときライダーの取るべき行動は手を前に出すことではなく、右足でブレーキペダルを踏み、右手でブレーキレバーを握ることである。それもできるだけ速く、ブレーキをロックさせないように繊細に。こういうときは、いちいち考えて行動していては間に合わない。
 

     
  1. トラックが自分の走行ライン上に入ってきた。  
  2. このままだとぶつかる。  
  3. 回避しなければならない。  
  4. その方法は?  
  5. ブレーキをかけるか、それとも隣の車線に逃げるか。  
  6. ブレーキをかけることにしよう。  
  7. スロットルを戻し、右足にあるペダルを踏み込むとほとんど同時に、右手にあるレバーを握ろう。
 

と、こんなことをいちいち考えていては間に合わない。(本当はもう少し複雑だが)
 
 つまり、回避するためには考えなくてもこれらの行動ができるようにならなければならない。
そして、条件反射でこれらの行動ができるようになるには、何度もこれらの動作を練習しなければならない。
 結論を言うと、この事故の本質的な原因はライダーのこの条件反射能力の欠如である。
 この事故は私たちに教訓を与えてくれた。その教訓が何であるかはこのホームページを見ているみなさんにも分かるはずだ。
 それにしても、なぜこの事故を「スピード違反が原因」だけで片づけてしまうのだろうか。なぜこの一言でこの教訓が何であるかを考えることを放棄して、それ以上考えようとしないのか?


 ついでにもう一つ言っておきたい。なぜ、「○○するな。したらこうなるぞ」的な教え方ばかりするのだろうか?
 こういった教え方は恐怖心を植え付ける。その恐怖心は、とっさの行動のじゃまになる。「コケたらどうしよう」と思って体をガチガチにして運転していれば、どうなるか分かるであろう。

 もちろん、交通社会の現実を無視してはならない。事故を起こせば悲惨な目に遭う、といった現実だ。現実は現実として受け入れなければならない。だが、おびえてはならないし、おびえさせてはならない。
 
 もし、恐怖心を与えることで人間をコントロールしようとするという考え方がこの教え方の背景にあるとしたら、それこそ恐ろしいことだ。私はそういうことは「ない」と信じたい。


中型自動二輪教習記・卒業検定

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